Vol.16 プロゴルファー
三滝ゴルフセンター 代表取締役社長
上野 忠美さん

プロゴルファー/三滝ゴルフセンター 代表取締役社長 上野 忠美さん
プロゴルファー/三滝ゴルフセンター 代表取締役社長
上野 忠美さん


【プロフィール】
1948年、広島市生まれ。崇徳高出身。25歳でプロテストに
合格、以降、1975年からの中四国オープンゴルフ選手権
競技3連覇をはじめ、レギュラーツアー7勝を挙げる。
1999年には、シニアとしてのデビュー戦・
日本プロゴルフシニア選手権で初出場・初優勝を遂げる。
現在は三滝ゴルフセンターの代表取締役社長を務める傍ら、
RCC『ゴルフの花道』に出演中。意外にも趣味は掃除。
これは現役バリバリの頃からの習慣で、
掃除をしていると試合のプレッシャーなどから解放され、
心が無になるらしい。


「ゴルフのプロには 引退がないからね」

プロゴルフの世界へ

 RCCテレビ『ゴルフの花道』でもおなじみのプロゴルファー·上野忠美さん。そのゴルフ人生の始まりは15歳、東京オリンピックの年でした。上野さんの父が始めた三滝ゴルフセンターでゴルフを覚え、爽快に球を飛ばす上野さん。当時、練習場に通うのは年配の人が多く、その中でバンバン飛距離を出す上野少年の周りには、いつも人だかりができていたと言います。やがて母の意向もあって臨んだ大学受験ですが、その合否発表の前にプロからスカウト。当時を振り返り「プロの世界のことは何も知らなかったけど、好きなことをしてお金がもらえ、コースにも連れて行ってもらえるんだ」と、高揚感に溢れていたそうです。



活躍と挫折、シニアへの挑戦

 1975年の中四国オープン優勝を皮切りに、華々しい活躍を続ける上野さんでしたが、突如イップスに襲われ、シード落ちを経験します。そんな折に出場することになった岡山県オープン。調子の悪さに加え、当日は38度超の発熱。しかしそんなコンディションの中、上野さんはコースレコードで優勝してしまいます。「一番調子の悪い時に優勝できた。どんな大きな大会より、この試合が一番思い出に残ってるね」。その後、プロ生活の中で奥さん任せにしていた家庭を振り返った時、ツアープロを辞めようと考えますが、軽い気持ちで出場した日本プロシニアで優勝。シード落ちしたら辞めようと心に決めて試合に臨んでいきますが、落ちることなく上野さんのプロ生活は続いていきました。「落ちたら辞めるという気楽な気持ちが、逆にスコアの良さに影響したんじゃないか」とは、本人の分析。



終わりなきゴルフ人生

 結局、足を怪我してしまった56歳までシニアツアーで戦い続けた上野さんですが、現在は父が造った三滝ゴルフセンターの経営者としてその辣腕を振るう日々。「良い事も悪い事も全部ゴルフ。ゴルフがなければ色んな人との出会いもなかった。私にとってゴルフは人生そのものです」と、50年にも及ぶゴルフ人生に思いを馳せます。引退のないスポーツ、ゴルフ。その中で、上野さんの歩みは、次のホールへと進んでいきます。





吉幾三さんより贈られた書「一心一球」

デビュー前より親交のある歌手・吉幾三さんより
贈られた書「一心一球」。吉さんの『ゴルフの花道』への
ゲスト出演も、2人の間柄あってこそ。


上野さんが経営する「三滝ゴルフセンター」(広島市西区三滝本町2-13-10/TEL.082-237-1585)

上野さんが経営する「三滝ゴルフセンター」
(広島市西区三滝本町2-13-10/TEL.082-237-1585)。

緑に囲まれた開放感のある練習場は、
CHIC世代も多く通う。