Vol.15 庭園の宿 石亭 主人
上野 純一さん

庭園の宿 石亭 主人 上野 純一さん
庭園の宿 石亭 主人 上野 純一さん

【プロフィール】
1957年、廿日市市(佐伯郡)大野町生まれ。
大学卒業後1年で帰広し、30歳で「庭園の宿 石亭」と
「あなごめし うえの」の代表に。
現在は朝7時、うえのでの穴子の品質チェックに始まり、
石亭・うえの双方を行き来する日々。
ちなみに休日は夫婦で映画鑑賞か、1人海へ出て
のんびりと読書などをして過ごしている。


肩肘張らず、けれど心は鋭敏に。そんな石亭ブランドを創り続ける

 創業50年を迎える名宿「石亭」。大野町長だった父・貞一氏が宮浜温泉の開湯を牽引し、同時に始めたこの宿の二代目を継いだのが上野純一さんです。
 大学卒業後1年で帰って来た当初はオイルショックの煽りもあり、宿の予約帳は白紙、旅行代理店との取引もありませんでした。自身も旅館業に関しては素人、故にテーブルクロス1枚、マッチ箱1個から他所の良い部分を学び、それを即取り入れていったと言います。また1泊圏内を関西圏に定め、自ら営業活動も行いました。「良くなってきたね」。そう声を掛けてもらえることが、当時の上野さんのエネルギーだったとか。それでも、父から受け継いできたものと「うえの」2階の料理店「他人吉」など自ら始めたこと、その違いを肌で感じ、考え、ようやく確信を持ってスタッフに方向性を示せるようになったのは、40代半ばになってでした。


 「玄関で靴を脱ぎ、庭を見て、香りを嗅ぎ、日常とは少し違う和の世界に入ったことで心が少しピンと張り、お茶請けやお料理で心地良い緊張感がほどけていく…。その石亭ブランディングを創り上げていく中で、県内外より憧れてお電話を頂いたお客様に対してがっかりさせないおもてなしの準備を、マニュアルではなくスタッフ全員の意識に浸透させる。この事に、ここ10年は特に力を入れています」と上野さん。

 掃除に始まり掃除に終わる旅館業。例えばいつもと違う少しの乱れがあればそこに気づくよう、各々が各々の仕事のポジションから目を離さない。それが全体のレベルアップに繋がり、〝おもてなし〟を体現していきます。業種柄、スタッフ全員が揃うことがない中で、それぞれの現場へすっと入っていき、そんな〝気づく力〟を与えていく。それが現在の自分の仕事の1つなのだそうです。


 「見逃すとダメ」。徹底した厳しい仕事論を話しながら、気負わず清々しささえ感じるのが印象的な上野さんに今後の展望を伺うと、「先代の父が夢を描いて造った宿が50年経ちます。先見の明やセンスが父にはあったんだなと、他界してからわかります。いま、成熟していると言える石亭ですが、これを腐らせずもっと磨きをかけていきたい。その思いを失いたくない。それが、男のロマンを受け継いだ男の役割なんだと思います」。

 格式高く、心地良い。その名宿は、柔和で厳格な主人が支えていました。





稜線を借景にした石亭。

稜線を借景にした石亭。
至る所にパブリックスペースがあるのも宿の特徴で、
上野さんの遊び心が細部に盛り込まれた造りになっている。


パブリックスペースの1つ、その名も「吸吐文庫(すーぱーぶんこ)」

パブリックスペースの1つ、
その名も「吸吐文庫(すーぱーぶんこ)」。
多種多様な書物が並び、
これらは部屋に持ち帰って読んでもいい。