Vol.5 広島赤十字・原爆病院 院長
土肥 博雄さん

広島赤十字・原爆病院 院長 土肥 博雄さん

広島赤十字・原爆病院 院長 土肥 博雄さん

【プロフィール】
1945年生。広島市出身。
昭和59年3月 広島赤十字病院に赴任。
平成11年4月 副院長に就任。
平成16年4月 院長に就任し現在に至る。
放射線被曝者医療国際協力推進協議会(HICARE)会長。



自然体のなかにある、厳しさと優しさが人を動かす

 飾らない笑顔と落ち着いた物腰、飄々としていて温かみのある印象を抱かせる土肥博雄院長は、天皇・皇后両陛下のご慰問や他にも著名人、団体から慰問を受ける広島赤十字・原爆病院に27年前に赴任され、そのうち5年間を副院長として、院長としては今年で8年目を迎えられます。「あえて座右の銘などには縛られず、自然体でいることにしています」。そう語られる土肥院長。しかし、そのうちに秘めた芯の強さで、病院の経営体質を根本的に改革する様々な取組みを推し進めてきました。


 就任2年目に、庄原の病院の院長を併任することになり、そこで起こった問題を早期解決したことで、「なぜ、広島ではできないのか?」との葛藤から本格的な院内改革が始まります。

 当時、赤字が続いていた状況を改善しようと収支を見直しました。経費を圧迫していた委託費を改善、見直すことで職員の意識を改善するなどの方策を取り入れ、同時に職員の雇用形態も改善されました。栄養課では、職員達が率先してドックの食事を作るようになり、食事が美味しくなったと今でも患者さんに喜ばれています。また、食べられない人には個別の対応を取るなど、「現場を大切に」という院長の思いが、職員達の心を動かし、仕事に対する自信と満足度に繋がっていきました。


 院長の改革はまだまだ続きます。毎週、各部署に進捗状況を発表させ、部署間の風通しを良くしたり、某銀行の職員を企画課長に据え、外部の新しい風を取り入れたり、希望者には医師に関わらず誰でも学会へ参加できるよう取り計らったり、院長自らも週に3度回診するなど、既存の枠を超えて、人材育成と働きやすい環境づくりに尽力されています。


 最後にCHIC世代に向けて、医師の立場からエールの言葉を頂きました。
 「90歳まで元気でいる人は皆さん、溌剌としています。50代、60代もまだまだ若い!元気にがんばりましょう」。院長という立場から、人の命を救う現場をサポートし続け、相手を慮る心と揺るぎない精神で自然に人を動かしていく、その手腕は自然体によるものなのだと感じました。





湯﨑英彦広島県知事ほか立会いの下、「覚書」を取り交わしました

昨年8月、IAEAの天野事務局長と被爆者医療の分野で
人材育成や共同研究などで協力していくことで同意し、
湯﨑英彦広島県知事ほか立会いの下、
「覚書」を取り交わしました。

日本赤十字社が運営する公的病院「原爆病院」

日本赤十字社が運営する公的病院。原爆に被災し、
かつ被爆後の医療拠点の一つとなったという歴史的経緯から
原爆医療部門を持ち、原爆症(放射線障害)治療に対しての
ノウハウを多く持っています。